fpgaしたい人へ
H取締役は、たとえば、ナムコ。
六月一八日の第一回ミーティングでの反応は「大変高度な技術なので民生用機に転用するのは無理でしょう」というものだった。
ナムコはCG技術に以前から力を入れ、すでに業務用アーケードゲ-ムではリアルタイム三次元CGを採用していた。
ナムコの社内には、家庭用ゲームソフトと業務用アーケードゲ-ム機の二つの流れがあったが、主流はあくまでもアーケード側にあった。
だから、「民生用機に転用するのは無理」という反応は、アーケード技術陣の誇りを代弁していたと言える。
彼らは、その時点では今世紀中に三次元CGが家庭に入るなどとは、まったく思っていなかったのである。
ナムコの意見によると、家庭用ゲ-ム機は、コストに非常に敏感である。
スーパーファミコンは一万六〇〇〇円で売られている。
したがって、定価は三万九八〇〇円で実売は三万円を切るレベルでないと、いくら性能が良くても、売れるゲ-ム機にはならない。
しかし当時、CGを使ったアーケードゲ-ム機は一基一八〇万円もしていたから、ナムコとしては、こんな安い値段設定は不可能であると言外に言っていたのである。
しかし、Kたちは、それでも大変ありがたい話を聞けたと思った。
それは、多くの経営者がなぜこの業界は難しいのか、懇切丁寧に素人に向けて、かんで含めるように説明してくれたことだ。
いかに大変なビジネスなのか、返品が利かないという問題、ロイヤリティが高いという問題、トができないというゲ-ム業界特有の問題点を教えてくれた。
コナミの北上一三常務の話。
「ソニーから、六月二四日に来社して会いたいという連絡がありました。
されていないので、あくまでもソニーとしてで、用件も言わずに。
何だろうと思いましたが、会うことにしました。
ソニー側は、Tさん、Hさん、Kさん、Yさん。
コナミ側は私一人です。
私の認識では、ソニーはゲ-ムの素人です。
だから、先輩としていろいろと業界のことを教えて差し上げました。
とても賢いことだと思ったのは、彼らがこちらの要望に聞く耳を持っていたことでしょう。
これは任天堂とは、まったく違う姿勢でした。
ハードウエアのメモリはどのぐらい積めばよいか、コントローラーはどういう形状のものが良いか、その後もKさんはよく聞きに来ましたよ」。
北上はゲ-ム業界の大ベテランである。
業務用機の設計から始め、八0年代の後半は、家庭用のハード機器進出の検討も行っていた。
「でも、膨大な投資が必要です。
何度、シミュレーションしでも、やめた方がいいという結論しか出ないんですよ」そんな勉強もしているものだから、当時、任天堂がデファクト・スタンダードとなっていた業界の事情については、とても詳しかった。
「この業界に来るなら、たいそうな覚悟でやらなければならないと、言いました。
でも、やめなさいとは言いませんでしたよ」ソニー側は、北上の話を黙って拝聴していた。
「あとから彼らから聞いた話によると、話が終わって外へ出た時、みんなブスツとしていたということです」。
しかし、ソニーの彼らは、単にご意見を謹聴するだけではない。
どんなことを言われようとも、その内容をビジネスプランに活かす作業に専念したのである。
「やめた方が身のためだとソフトメーカーに意見されても、ああそうですかといって引き下がっていてはダメです。
問題がそこにあるのだから、あとは解決への流れをいかに作るのかということです」。
ソフトメーカーの中に、三次元GGに興味を持っところがあることは、問題はその興味をいかに喚起し、こちらに惹き付けるか。
「少数は理解してくれています。
しかし、大多数は、した」。
回ってみて分かってきた。
そんなものできるのかという疑問を呈していま反対から「賛成」へ流れを変えたセガの三次元CG『パ-チャフアイタ-』一九九三年八月二六日のことは、Kたちは、一生忘れられないだろう。
この目、歴史が変わった。
それを知らせてくれたのが、格闘ゲ-ムで有名なC社の訪問であった。
ソニー側は当時幕張にあったオフィスの一室に構え、午後に予定されていたC社一行との会合を待っていた。
午後二時、ミーティングが始まった。
の会合なのだが、前回とは発言内容が、前回C社は、こう強調していた。
しかし、この時の様子は、明らかに変だった。
まったく変わっていたのだ。
これが二回目「ソニーは一体本気でゲ-ムと心中する気があるのですか。
うちは二次元画像文化であり、三次元画像に興味はまったくありません。
まあハ-ドの台数として全世界で三〇〇万台あれば、参入の前提条件にはなります」。
このC社の発言から、Kたちは当分、採用してくれる意思なしと理解していた。
三〇〇万台という数値が、ここでは全世界を対象としていたが、これはC社の代表的な格闘ゲ-ムが、全世界をマーケットとしていたからだ。
ソニー側としては「いずれにせよ、まあそれを達成してから行くか」という気分だった。
しかし、C社側でも検討してくれるということなので、八月二六日に二回目の会合を持つことになった。
そして八月二六日を迎えた。
ところが。
前回と同じように口頭で説明しビデオを見せたのだが、どういうわけだか前回のようなハードについての質問は、まったく出て来ない。
一一次元と三次元の話も出ない。
出てくるのは、それ以外の価格、流通、販売戦略についての質問ばかり。
しかも、こんなことまで言ったのだ。
「現状ではいろいろなフォーマットが出ているが、我々としてはソニーのps-xを検討したいと思います」。
なんと、前回の三〇〇万台を売ることが最低の前提条件であるという発言から打って変わって、積極的な姿勢に転じたのである。
どうしたのか?「セガさんの『バーチャルファイター』ですよ。
あれは、凄いです。
びっくりしました。
本当に三次元CGが動いていました」。
実は同じ日、幕張ゲームショーでセガがアーケード機用の格闘ゲーム・パ-チャフアイターを発表していたのである。
C社一行は午前中にゲ-ムショーを見学し、その足で午後、ソニーのオフィスに現れた。
彼らはパ-チャフアイタ-に強烈なショックを受けたのだ。
それまで、二次元映像格闘ゲームを作ってきた目から見ると、実用化された三次元映像がいかにも衝撃的だったのである。
翌日、電話があった。
「昨日は話す時聞があまりありませんでしたが、業務用での展開の可能性もあります。
ソフト各社と話をしているが、ps-xはすごく評判がよいですよ」。
パ-チャフアイターがソフトメーカーのマインドを急速に変化させた。
初めは説明だけでは信じてもらえなかった。
ソニーが一体どの程度本気なのかも良く分かってもらえず、一二〇〇万台売ったらおいでというのが共通の言い方であった。
ところが、パ-チャファイターが事態を変えた。
本当に三次元映像が動くのを目の当たりに見て、ps-xへの認識を新たにしたのである。
Kたちに対するソフトメーカーの対応が変わり始めたのはこの頃からだった。
彼らのもとに、「確かソニーさんは三次元CGということでしたよね。
もう少し詳しく話を聞かせてくれませんか」という電話もかかり始めた。
Tは当時を振り返って、こう語る。
「セガさんには、いくら感謝してもしたりないくらいです。
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